で云った。
「佐伯さん、あなた宮原さんにお逢いなさらない? 私紹介してあげるから。」
昌作は咄嗟に返辞が出来なかった。余りに意外なことだった。
「逢ってごらんなさい。岐度いいわ。」
残酷な遊戯だ! という考えがちらと昌作の頭を掠めた。けれど、率直な純な光に輝いてる彼女の眼を見た時、信念……とも云えるような或る真直な心強さを、胸一杯に覚えた。彼は答えた。
「逢ってみよう。」
「そう、岐度ね。二三日うちに、四五日うちに、……午後……晩……晩がいいわね。向うからいらっしゃることはないけれど、用があるってお呼びすれば、岐度来て下さるわ。」
沢子は如何にも嬉しそうに、顔も声も調子も晴々としていた。昌作はそれに反して、深い悲しみに襲われた。しつこく黙り込んで、顔を伏せて、身動き一つしたくなかった。いつまでもそうしていたかった。沢子も云うことが無くなったかのように黙っていた。
けれど昌作は、やがて立上らなければならなかった。階段に乱れた足音がして、三人連れの客が現われた。
「おい、珈琲の熱いのを飲ましてくれよ。」
沢子はつと立ち上ってその方を振向いたが、すぐに掛時計を仰ぎ見た。
「もう遅いじゃありませんか。」
「なあに、十一時にはまだ十五分あらあね。君は僕に、一晩に三十枚書き飛ばさしたことがあったろう。因果応報ってものだよ。」
奥から春子が出て来たのと、沢子は何やら眼で相談し合った。春子が何か云うまに、客達はもう向うの卓子に坐っていた。
昌作はそれらの様子をぼんやり見ていた。沢子と彼等との挨拶ぬきの馴々しい調子に、一寸不快の念を覚えた。それから、彼等のうちの、一人が、何事によらず自分の見聞をそのまま小説に綴る有名な流行作家であることを、見覚えのあるその顔で認めて、可なり嫌な気がした。彼は沢子がやって来るとすぐに立上った。沢子は声を低めて云った。
「二三日か一週間か後にね、私電話をかけるから、それまで外に出ないで待ってて下さいよ。」
昌作は首肯《うなず》いた。
三
昌作は奇蹟をでも待つような気で、宮原俊彦に逢うのを待った。それは全く思いもかけないことだった。昌作が聞き知ってる所に依れば、宮原俊彦は沢子との恋のいきさつによって、二人の子供まである妻君と別れ、而も沢子と一緒にならずに、今では単なる友人として交際してると云う、謎のような人物だった。そういう
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