きがあった。
「そうでなけりゃ……、」と昌作は漸く落着いて云った、「……喧嘩でもなすったんですか。」
「まあ!」達子はもう我慢出来ないという風に早口で云い進んだ。「あなたの方が今日はどうかしてるのよ。いやにひねくれて、夫婦喧嘩をしたかなんて、そんなことを聞く人があるものですか。そりゃあ片山だって、あなたが余りあやふやだから、少しは厭気がさすでしょうよ。けれど怒ってなんかいませんわ。また喧嘩なんかもしやしませんわ。」
「いえ私はそんな……。云い方が悪かったら御免下さい。ただ何だか片山さんの様子がいつもと違ってるようだったものですから……。」
「誰にだって心配ごとがある時もあるものよ。」と達子は心を和らげて云った。「会社の方に何かごたごたがあって、それに頭を使いすぎなすってるらしいのよ。夜中に眼を覚したり、朝早く起き上ったりなさることが、時々あるものですから、私も少し心配になって聞いてみると、いくらか神経衰弱らしいと云って、自分を憐れむように微笑んでいなさるんでしょう。自分で微笑みを洩らしてる間は、神経衰弱なんて大したことじゃないわよ……。けれど、兎に角そういう際ですから、あなたも余り気をもませないように、早くどうにか片をつけたらいいじゃありませんか。」
達子が自分を急き立ててるのはその故《せい》だなと、昌作はふと考えついた。けれど、禎輔のそうした様子の方へ、彼の心は惹かされた。禎輔が夜中に眼を覚したり、ふいに朝早く起き上ったりすることが、会社の何かの事件のためではなくて、他に深い原因があるらしいのを、直覚的に彼は感じた。そして我知らず尋ねてみた。
「その他に片山さんの様子に変ったことはありませんか。」
「まあ!……全くあなたの方が今日は変よ。一寸何か云えばすぐ片山を狂人扱いにして!」
達子からじっと見られてる顔を、昌作は伏せてしまった。心が苦しくなってきた。黙っておれなかった。
「でもあなたは、片山さんがそんなに苦しんでいらっしゃるのに、平気で落着いていられるんですか。」
「あなたはなお変よ!……私達のことをあなたはよく知ってるじゃありませんか。片山はどんな苦しいことがあっても、その苦しみが過ぎ去るまでは決して人に云わない性質なんでしょう。私初めはそれを嫌だと思ったけれど、馴れてみると、その方がいいようですわ。なぜって、考えてもごらんなさい、片山がつまらないことに
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