おかなければならないと、しきりに昌作へ決心を強いたのは、そして、その晩までに返事をすると昌作に約束さしたのは、禎輔自身だった。所が今急き込んでるのは達子だけで、禎輔自身はどうでもよいという投げやりの態度を取ってるのだった。その投げやりの態度の底に何かがあるのを、昌作は不安に感じた。殊にこれまで、また今後とも恐らく、自分の親戚として且つ保護者として、そして寛大な真面目な人格者として、禎輔を尊敬していただけに、昌作は猶更それを不安に感じた。
「私は今一寸気持に引掛ってることがありますから、」と昌作は突然云った、「それが片付くまで……もう四五日、待って頂けませんでしょうか。」
「ああゆっくり考えるがいいよ。今じゃなんでもないが、九州へ行くと云えば昔では……。」
何故かそこで禎輔がぷつりと言葉を途切らした。然し昌作はその皮肉な語気からして、流刑人の行く処だというような意味合を感じた。そして慌てて弁解し初めた。
「いえ、九州だからどうのこうのと云うんじゃありません。ただ、自分の気持に引掛っていることがありますので、それを……。」
「まあどうでもいいさ。」と禎輔は上から押被せた。「誰にでもいろんな引掛りはあるものだよ。ゆっくり考え給い。時枝君の方へはいいように云っとくから。」
そして彼は一変して急に真面目な眼色で、昌作の顔をじっと見つめた。昌作は眼を外らして次の言葉を待った。然し禎輔は何とも云わなかった。ふいに立上って柱時計を眺めた。
「もう八時だ。僕は一寸急な用があるから出掛けるよ。ゆっくりしていき給い。じきに帰るから。」
「何処へいらっしゃるの?」と達子が驚いたように彼を見上げた。
「会社の用で上田君に逢うことになってるのを忘れていた。なに一寸逢いさえすればいいんだ。」
そして彼は羽織だけを着換えて、無雑作に出かけていった。玄関で一瞬間立止って、何やら考えてるらしかった。がそのまま黙って表へ出た。
昌作は達子の後について茶の間へ戻ったが、何だか急に薄ら寒い気持になった。その彼の顔に、達子はじっと眼を据えながら云った。
「どうしたの、ぼんやりして? そして変な顔をして?」
「片山さんは私に怒ってらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「なぜ?」
達子は眼を丸くした。
「何だかいつもと様子が違ってるようじゃありませんか。」
「どうして?」
達子の丸い眼には率直な澄んだ輝
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