かな傲然たる態度を取っていた。
 然しこの、三島さんの話もグループの話も、甚だ曖昧な漠然としたもので、正夫にもよくは分っていなかった。だがその頃、南さんはよく酒をのみ歩き、相当に放埓な生活をし、勉強などは殆んどせず、家にいる時は、寝ころんで何か考えてるかと思うと、いつのまにかうとうと眠ってるのだった。昼も夜もよく眠った。起きてる時は、何か落着きがなく、苛ら苛らして、二階の書斎に上ったり、庭におりたり、そして膝頭ががくがくし、手先が震え、眼付が沈んでいた。夜遅く外を歩き廻ることがよくあった。
 或る夜、正夫はなんだか不安な気持で眼を覚した。何かの気配が自分の上におっかぶさってくるようだった。ぼんやり薄目をあいてみると、二燭光の電燈で、室の中が深々とぼやけている。その中に、大きな姿が自分の側にあった。その威圧に、身動きも出来なかったが、先方も不動のままだった。きちっと合わせた着物の襟、角ばった肩、斜にさし出されてる首、そして見覚えのある蒼ざめた顔が、顔全体が、こちらを覗きこんでいる。下から見上げると、接の骨と鼻の穴がいやに大きく、髪の毛が後ろに長々となびいてるような感じだ。正夫は大きく眼を開いて、じっと眺めた。眼がさめたの? と静かに囁く声がして、全体の姿がゆらりと動いた。静に眠るんだよ、とまた静かな声がして、父は頬の肉一つ動かさず、そのまま立上って、すーと出て行った。
 正夫は半身を起こした。それから、向うに眠ってる山根さんの方に一瞥をなげ、そっと起上って、室から出て行った。父は茶の間に坐っていた。正夫の姿を見て、驚きもせず、やさしく微笑んだ。とてもいい晩だ、霧が一面にかけてるよ、といって立上った。正夫は着物をきてきた。父は玄関に待っていた。二人で外に出た。
 十メートル先は見えないほどの、東京には珍らしい濃霧だった。まばらな街燈の光が、幾筋もの縞になって浮び、屋根の先や木の枝が宙にかかり、其他は一面に仄白い渦巻きだった。眼や鼻や唇にまで霧はしみこんできた。暫く黙って歩いているうち、南さんはふと足をとめて、ほう……と眺め入った。そこに、坂塀から檜葉の枝がさし出ていた。こんなのを見たことがあるかい、と南さんは正夫を顧みていった。すかして見ると、その檜葉の葉先に、一面に露がたまっていた。それが澄みきって、氷のようで、きらきら光っていた。雨の雫だってそんなにたくさんたまるも
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