る。棒のようにつっ立って、頭をこまかく震わせて、ぎらぎらした目付で、室の中をじっと見廻している。だが本当は何も見ていないで、視線は宙に迷ってるのだ。その近くまで行って、院長は初めて気がついた。ぎょっとして立止った。婆さんは動こうともしない。ただならぬ気配《けはい》になった。幸にも、医員のうちに、婆さんを見覚えてる者がいた。それから騒ぎで、ただぼんやりしてる婆さんを、いろいろ宥《なだ》めすかしたり、道理を説いてきかしたり、しまいに看護婦をつけて送り届けた。
 家の者たちは始末に困った。時々気がへんになるというだけで、狂人ときまったわけじゃない。すると気の利いた医者がいて、婆さんの室に、亡くなった娘の形見の着物を一枚、衣紋竹にかけて吊さした。ただぶら下ってるだけの着物だが、効果があった。それを見て、婆さんはおとなしくなった。それから寝ついた。四五日してぽっくり死んだ。吊された着物に息をとめられたようなものだ。然し静かな死に方だった。笊の上の鮒が、口をぱくっぱくっとやるように、最後に大きく口を二三度動かして、喉がぐるっと鳴って、それきりだった。
「僕はそれを見たんだよ。」とチビはいった。
 正夫は黙っていた。
「どうしたんだい。」
 正夫はまだ黙っていた。
「よく分らないのかい。僕にだってよくは分らないよ。おかしなものさ。恋人の着物をぶら下げておいて、撫でたり抱きしめたりする者もあれば、あの婆さんのように、ぶら下ってる娘の着物を見つめて、口をぱくぱくやって死ぬ者もあるし、僕にだってよく分らないよ。」
 正夫はやはり黙っていた。
「今の話、君は恐《こわ》がってるんだね。」
 正夫は頭を振った。
「鳥のことを考えていたんだ。」
「鳥? 何の鳥だい。」
「何という鳥だったか……田舎に行くと、田園の中で、真暗な夜に、ほうほう……と鳴いてるのがいるだろう。」
「うん、いるよ。」
「あれね、子供を探してるんだって話があるよ。子供がいなくなって、どこへ行ったか分らない。お母さんは心配して、あっちこっち探し廻った。いくら探しても分らない。しまいに鳥になって、夜通し歩きまわって、今でもやはりほうほう……と呼びつづけているんだって。」
「そんな話、君はほんとにするのかい。」
「作り話にきまってるさ。」
「じゃあ、どうなるんだい。」
「お婆さんのことから、その鳥を思い出したんだよ。僕はその鳥の
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