慾ばなれのした中性的なものが彼女にはあった。今井氏が贔屓にしてる年増芸者の面影を、志村は頭に思い浮べた。
「志村さん、なにを考え込んでいらっしゃいますの。」と房代夫人は言った。「御結婚のこと、お覚悟はきまりましたの。」
「あのような話、きめないことに覚悟しています。」
「あ、場所ちがいでしたわね。やまぶきに参った時というお約束でしたから。」
「おや、君に結婚の話でもあるのかい。」とふしぎそうに吉岡が言った。
「やまぶき同様、あってなきが如く、なくてあるが如しさ。」
志村はなにか忌々しくなって、それからは、言葉少なに酒ばかり飲んだ。
志村が黙りこんでも、一座は賑かだった。食べものの話、戦争の話、映画や演劇の話、それから殊に人の噂は尽きなかった。ただ、どこかに一線があって、それから先へは踏み込めないようだった。
志村は今井家へ来る前から飲んでいたので、次第に酔いが深まり、意識が途切れがちになっていった。踏み込んでならない一線を突破しようとしたらしく、何のきっかけでか、へんなことを話した。
銀座の或るキャバレーの踊り子を誘い出して、ホテルへ行き、彼女を裸にさして、その臍を嘗め、そして
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