。
「六時のお約束でしたのに、なにしていらしたの。お後れなすった罰に、出迎えませんでしたわ。」
志村が座席に落着くと、彼女は眼でちらちら笑いながら言った。
「やまぶきへお伴する約束でしたけれど、そのような割烹旅館なんか、どうせでたらめなことにきまってますから、宅でフグ料理を差上げることに致しましたの。ここが割烹旅館のおつもりで、酔いつぶれてお泊りなすっても、宜しゅうございますわ。」
有松夫人と久木未亡人は眼を見合って頼笑み、河口と吉岡は笑いだした。志村に関するいろんなことがぶちまけられては、酒の肴にされていたに違いなかった。有松夫人も久木未亡人も、志村が例の「内緒話」を囁いた相手なのだ。
志村は度胸をきめて、猪口を取り上げた。
旅行中で不在の主人の代理だと、房代夫人は言って、床の間の掛軸を指し示した。今井氏が愛撫してる竹田の山川画で、その斜め下の花瓶には、寒菊が清楚に活けてあった。
房代夫人とならば、たとい割烹旅館に泊りに行こうと危険なことはないと、この自宅では明かに分った。彼女が肥満していて、立てば腰から下がずんどうで、坐ればどっしりと揺がない、その故ではなかった。なにか愛
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