とも固よりでたらめである。房代夫人もそれぐらいのことはだいたい感づいてる筈だった。
 ただ、志村はなんとなく腹の虫が納まらなかった。房代夫人の打明け話は、彼を侮辱するような毒素を多く含んでいた。彼女自身は恐らくそのことを意識していなかったろうが、それとこれとは別問題だ。
 一般女性の浅間しさというものを、志村は漠然と感じてはいたが、直接それに頭をぶっつけた気がした。あの数々の話そのものが、女性の浅間しさを暴露したものであり、そんな話が伝えられてること自体も、同然であった。外にもどんな話が流布されてるか分らなかった。そしてその浅間しさが、志村を侮辱してくるのである。
 男女間の性的行為に魅力を感じなくなったのは、無軌道な行動のせいだったろうか。あるいは、魅力を感じなくなったために、無軌道な行動をするようになったのだろうか。それが志村自身にも分らなかった。恐らく両者は相互関係にあったのだろう。それにしても、一般に女性があれほど浅間しいものでなかったなら、もっと立派な品性のものであったなら、と志村は自ら言った、俺はこんな侮辱を受けないですんだろう。
 そうは思っても、志村はやはり腹の虫が納まらなかった。むしゃくしゃして、朝酒を飲み、晩酒を飲んだ。酒の習慣というものはおかしなもので、朝に飲むと、晩にも飲みたくなり、晩に飲むと、朝にも飲みたくなる。きりがないのだ。
 月曜の朝、志村が自宅で酒を飲んでいると、房代夫人から電話があった。志村は眉をひそめて、電話口に出た。――房代夫人は約束を忘れていなかったのである。ただ、少しく模様変えをしたいから、やまぶきには室を取らないでおいてほしいとのこと、そして必ず彼女の家に来るようにとのこと、六時には待ってるから忘れないようにとのこと、それだけ繰り返し念を押して、「御機嫌よろしゅう。」
 志村は舌打ちして、もう成り行きに任せることにきめた。
 午後、彼は会社に顔を出し、夕刻、行きつけの小料理屋で酒を飲み、飲んでるうちに時間を過ごして、今井家へ行ったのは七時頃だった。
 女中は志村の顔を見るとすぐ、十畳の日本座敷の方へ案内した。懇意な顔が揃っていた。河口と吉岡、有松夫人と久木未亡人、それに房代夫人、五人で食卓をかこんでいた。フグ料理の大皿が並び、酒の銚子が何本も出ていた。
 房代夫人はくだけた調子で志村を迎えた。自宅ではいつもそうなのである
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