夢の図
豊島与志雄

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)離屋《はなれ》
−−

 木村は云う――。
 物を考え、考えあぐんで、椅子に身を託し、或は畳の上に身をなげだして、なお考え続けながら、いつしかうつらうつら仮睡する者は、如何に多くのものを喪失していることでしょう。その頭の中には、思念の断片、さまざまな心象が、とびとびに明滅しています。仮睡者はそれらを意識するが、捕捉することは出来ません。意識しただけで、取逃してしまうのです。はっきり眼をさまし、立上る時には、頭の中に残ってるものは殆んどなく、ただ空莫としています。
 喪失されたそれらの、思念の断片、さまざまな心象は、積極的な能動性を持っています。それらが現実にぶっつかって散らす火花は、やがて、現実そのものの奥底をも照らし、現実そのものをも変貌させます。この火花に抵抗し得る壁は存在しません。
 四方無壁のこの境地に、人は安住し得ないのでしょうか。安住し得るのは、思考し続ける仮睡者のみでしょうか。――思考し続ける仮睡者が喪失するところのものを、日常の意識のうちに回復し維持したいものです。

 また、木村は云う
次へ
全15ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング