ばかりではなく、全身の毛穴に汗ばんでいたではありませんか。
 高木君はなにか怖じ恐れて、顔を伏せ、手を引っこめましたよ。これが人間的な恋愛だったら、つまり、性慾ばかりでなくて愛情だったら、高木君は全身を投げ出したかも知れませんよ。
 そもそも、あなたが未亡人だったことがいけないのです。昂揚された恋愛というものは、男の方は別として、女の方は、令嬢でも構わず、人妻でも構わず、娼婦でも構わず、機縁さえあれば成立するものですが、未亡人ではなかなか困難ですよ。未亡人というものはたいてい、何か濁ったもの、淀んだもの、いやらしいものを、身につけています。つまりすっきりしていないんですね。すっきりした未亡人、これは特別なもので、謂わば珍宝で、めったにあるものではありません。あなたがその珍宝の一人だと自惚れてはいけませんよ。あなたは普通にありふれた未亡人の一人に過ぎませんよ。あなたの髪の毛はまだ黒々として美しく、肩はやさしい弧線を描き、瞳は澄んで輝き、唇はかるく濡いを帯び、全身の肉附は柔かく厚く……まあそういったことは事実でありますが、然し、あなたはやはり普通の未亡人で、どこかの隅っこに垢がたまっており
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