が、空の星の数も自分の頭の毛の数も分かりませんでした。
三日目の夜になると、彼はもうとても駄目だと思って、悲しそうに立ち上がって、ふらふらと池の縁までやって行き、思い切って真逆様《まっさかさま》に池の中へ飛び込みました。とたんに、空の星の数と自分の頭の毛の数とがはっきり分かりました。それは大変な数でした。もうその数を言うだけの隙《すき》がありませんでした。彼の身体《からだ》は底無しの池の中に、真逆様にずんずん沈んでゆきます。そして上の方に、池の面《おもて》や白い花や急に晴れた空や月の光などが、ぼんやり見えまして、花の間には精女達が歌い踊っています。彼はだんだん深く沈みながら、それらの景色をぼんやり眺めてるうちに、いつしか気が遠くなってしまいました。
四
人知れぬ時間が経ってから、彼はふと我に返りました。見ると、自分はいつのまにか、幾十年か前に出た家に戻っていて、寝床の上に寝ているのでした。髪の毛は真っ白になり、手足は痩《や》せ細《ほそ》り、腰は立たず、ひどく年をとって死にかかってるのでした。彼はびっくりして眼を見開きましたが、森の中のことを思い出すと、急いで星の数と頭の毛の数とを言って、そのために不思議な術を得て、死なない前に自分の身体を石にしてしまいました。
石になった彼の身体は、やがて家の人達に見いだされ、それから大変な評判になって、王様の耳にまで聞こえました。王様は石になった彼を宮殿に運ばせて、魔法探しに出てからのことをいろいろ尋ねられましたが、彼はもう石になってしまっていましたので、何一つ口を利《き》くことができませんでした。それで、不思議な魔法めいた術のことも、空の星の数も頭の毛の数も、誰にも伝えられずに、ただ彼の石の身体だけが、永く残りまして、学者達から尊《とうと》ばれ拝《おが》まれています。
底本:「豊島与志雄童話作品集1 夢の卵」銀貨社
1999(平成11)年12月17日第1刷発行
入力:田中敬三
校正:noriko saito
2007年8月22日作成
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