光も見えず、夜は月の光もささず、地面には落葉が堆《うずたか》く積もって、気味の悪い苔《こけ》などが生えています。彼は落ちてる木の実や苔の間の茸《きのこ》などを食べ、ところどころに湧き出てる泉の水を飲み、疲れると一枚の毛布にくるまって落葉の上に眠り、そしてただ真っ直ぐに歩いて行きました。けれどやはり、どこまで行っても森ばかりです。
そうして幾日か経った後、彼は木の実をかじりながら歩いていますと、ふと向こうに、晴れやかな日の光を見いだして、小踊りせんばかりに喜びました。長い間の疲れも忘れはてて、急いでやって行きますと、まあどうでしょう、森の中に大きな池がありまして、澄みきった綺麗《きれい》な水がいっぱいたたえていまして、池の縁《ふち》やまわりには、真っ白な花が一面に咲き乱れていて、その上に晴々《はればれ》とした日の光がさしているのです。彼は久し振りに日の光を見て、しばらくはぼんやりつっ立っていましたが、やがて気がついてみると、池のまわりの木には小鳥が鳴いているし、花のまわりには蝶や蜂などが飛び廻っています。深い森の中にそんな天国のような場所があろうとは、夢にも思わなかったのです。彼はまず池の清い水を飲み、それから日の光にあたって、あたりの景色を眺めましたが、そのままいい心持ちになって、うつらうつらと眠ってしまいました。
二
彼が眼をさました時は、もう夜になっていました。月の光がさしていて、池の面《おもて》が水銀のように輝き、白い花が気味悪いほど真っ白に浮き出して見えます。彼は木影《こかげ》に坐ったまま、夢心地でぼんやりしていました。
すると、方々から綺麗な女達が出て来ました。みんな腰から上は真裸《まっぱだか》で、腰にいろんな色の薄絹《うすぎぬ》をつけてるのです。森の中から出て来たのは緑色の絹をまとい、水の中から出て来たのは水色の絹をまとい、白い花の咲いてる叢《くさむら》から出て来たのは白い絹をまとい、そしてその女達が池の緑の青草の上に集まって、歌ったり、踊ったりし始めました。彼はびっくりして息をこらして眺めていましたが、やがて、それは書物にあった森の精や水の精や花の精達だと覚《さと》って、なおよく見るために、木影から少し進み出て行きました。とたんに、精女達の一人が彼の姿を見つけて、何か合図をしたかと思うと、皆の姿は煙のようにどこかへ消え失せてしまい
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