いよう……。」
「我慢だよ、一寸の間なんだから……。注射はもういけないって、先生が仰言ったでしょう。」
 痛みが少し鎮まると、美代子は金盥にしがみついていた。
「無理に吐こうとしちゃいけないよ。注射のせいだよ。何も出やしないんだから。」
 そしてるうちに美代子は、もうぐったりして眼を閉じていた。
「蒟蒻を取り代えてみましょうか、煮立ってるから。」とばあやさんが云った。
「そう。いいでしょう、こんど起きた時で。」
 そして照代はまた鏡台の前に戻ってきた。
 梳手が髪を梳いてる間、お師匠さんは手焙で煙管をはたはたやっていた。
「苦しそうですねえ。」
「ええ、そりゃあ苦しいんですって。喇叭管がひきつけるから、腰と下腹がちぎれて取れそうだって云いますよ。お産の時と同じだそうですもの。」
「へえー、そうですかねえ。」
 僕は一人で茶をいれて飲んでいた。
「それじゃあ、痙攣かい。」
「ええ。」
「では、唐辛子をはるといいんだよ。」
「あら、いやーね、そりゃあ胃痙攣のことよ。」
 照代はそれでも学者だった。先生は蒟蒻で温めるように云ったけれど、氷で冷しきった方がいい、それも人によるんだけれど、などと
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