か。自由なそして心は潔白な彷徨を続けてみせるぞ。日の光が美しく輝いてるじゃないか。
まあ云わばそんな風な気持から、籠を出た小鳥のように勝手な真似がしてみたくなった。で友人のところに原稿用紙を捨てて、少しぶらついて時間をつぶして、それから照代の家へ行ってみた。
敏子
僕が照代の家にまで遊びに行くからといって、旦那気取りで澄しこんでるとか、或は二人の間が――心のつながりが――おかしいとか、そんなことを考えちゃいけない。僕はただ、お座敷で彼女に逢うよりも、彼女の家に五分間も黙って坐りこんでる方がよっぽど面白いんだ。お互に素面なんだからね。何でもない一寸したことから、そんな風になってしまったんだ。
ところが、その日は大変な目に逢っちゃった。
もう電気がきてたから、五時頃かと思うが照代はまだ髪を結いかけてるところだった。肩に白布をあててその上に梳きかけの髪を乱したまま、入口まで立ってきた。
「まあー、」それから一寸睥む真似をして、「今日を幾日だと思ってるの。」
「幾日……何のことだい、そいつあ。」
「あら、もう忘れたの。そら……稲毛……。」
「ああ、そんなこともあったっけ。なるほど、君は頭がいいよ、物を忘れない。」
「あれだ。」
というのは、実は何かの話のついでに、こんどの日曜に――日曜が笑わせるよ――日曜あたりに、稲毛へ遊びに行こうと、そんなでたらめな約束をしていた。その日曜をもう十日余りも通りこしていた。
室へ通って、彼女が改めて挨拶するのに応じた時、隣りの室に寝てる女の顔が、開いた襖の間から、黒ずんだ畳と赤い布団とその白い襟との中に、仄白く浮出して見えた。
「どうしたんだい。」
「美代ちゃんよ。病気なの。」
見ると、美代子はすやすや眠ってるらしかった。裾の方で、ばあやさんが火鉢で何か煮立てていた。
「悪いのかい。」
「お午頃から急になんですけれど、大丈夫よ。……待ってて頂戴。今髪をあげてしまうから。」
長火鉢の前で、僕は煙草を吸い初めた。その煙草が一本終らないうちに、美代子は突然うーむと苦しみ初めた。照代は飛んでいった。
「仰向いちゃ駄目……つっ伏すのよ……そう……いいかい……。」
呻り声の間に痛い痛いと訴える美代子を、照代とばあやさんとは上からのしかかって、腰のあたりを力一杯押えつけた。
「ねえさん、注射を頼んでよ、後生だから……。おう痛い……痛
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