へはいり込む隙間《すきま》もありません。
「弱ったな。どうしたら下水道へ戻ってゆけるかしら」
思い迷ってふらふら歩いていると、酔っぱらいの男や商店の子僧《こぞう》などから、野良犬だといっておどかされたり追っぱらわれたりしますし、巡査《じゅんさ》ががちゃがちゃ剣を鳴らしてやって来たりするものですから、悪魔はすっかりしょげかえりました。そしてどこかもぐり込む隅《すみ》でもないかと、きょろきょろ探し廻ってるうちに、ある立派な帽子屋《ぼうしや》の店が閉め残されてるのを見つけました。店の中には誰もいないで、奥の方に番頭《ばんとう》が一人|居眠《いねむ》りをしています。
「しめたぞ。今夜はこの店の中に隠れるとしよう」
そーっとはいり込んで、陳列棚《ちんれつだな》の上に飛び上がって、ひょいと帽子《ぼうし》に化《ば》けて素知《そし》らぬ顔をしていました。間もなく、奥の部屋から二三人の子僧《こぞう》が出て来て、表の戸締りをして、電気を消して、また引っ込んでいきました。
悪魔《あくま》はほっと息をついて、やれやれ助かったと思うと、急に疲れが出て、帽子に化けたまま、ぐっすり眠ってしまいました。
二
さてその翌朝、悪魔が眼を覚ますと、もう明るく日がさしていて、店の中には大勢《おおぜい》の番頭《ばんとう》や子僧達が、掃除をしたり帽子を並べ直したりしていました。
「おや、寝過ごしたのかな。汚い下水道の中とちがって、あまり寝具合《ねぐあ》いがよかったものだから、早く眼を覚ますのを忘れていた。今逃げ出せば見つかるし、まあいいや、も少しここにじっとしていたら、そのうちに逃げ出す隙があるだろう」
ところが、その隙がなかなかありませんでした。店の中には幾人《いくにん》もの店員が控《ひか》えていますし、表には大勢の人が通っています。とうとう昼頃になりました。
その時、すてきにハイカラな洋服を着て、胸に金鎖をからましている紳士が、帽子を買いにはいって来ました。そして番頭に案内されて、陳列棚の帽子を見て廻りました。
「しめたぞ」と悪魔は考えました。「一番上等な帽子に化けて、あの男に買われて、ともかくも外に出てみるとしよう。ここにこうしていたんでは、窮屈《きゅうくつ》で仕方《しかた》がない」
その考えがうまくあたって、金鎖の紳士は、悪魔《あくま》が化《ば》けてる帽子《ぼうし》に眼を
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