のなら、俺は平然とした輝かしい死に方をして、彼等の心のうちに、生死の彼方からさす平和な光を投げ込んでおきたいのだ。
 B――俺は生死の彼方などというものを信じない。死の彼方は空虚な闇であり、生の此方だけが、生のなかだけが、輝かしい光である。俺はその光のうちに彼等を包み込んでおきたい。……単に彼等ばかりではない。あの花籠を持って来てくれた女達や、あの果物籠を持って来てくれた友達のためにも、俺は生きていてやりたいのだ。俺が死んだなら、彼等や彼女達はどんなにか力を落すことだろう。そして俺の敵共は、どんなにか喜んで我儘を振舞うことだろう。味方の者達に悲しみと落胆とを与え、敵の者共に喜びと勇気とを与えること、それをどうして遺憾に思わずにいられよう。
 A――俺はそうは考えない。俺が死んだなら、味方の者達は一層勇気を振い起して、そのためにずっと豪くなるだろう。そして敵の者共は、張合がなくなり油断をして、そのために却って退歩するだろう。もし俺が心配をするとすれば、味方の者達のためにではなくて、反対に、敵の者共のためにである。
 B――お前は理想というものを、生きることの目的を、すっかり取失ってしまっ
前へ 次へ
全12ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング