なたも、今日は仕事を休んでるじゃないか。それにしても、私たちの休養日のなんと貧しいことだろう。あなたは鶏肉を百匁買った。それが精一杯だったろう。それから果物を六個。私の方では、スルメとピーナツをかじり、酒を五合飲んでいる。このうちの一合分だけでも、あなたに上げることが出来たら、どんなに嬉しいか。一合とは限らない。一合の酒代で、鶏肉を買い足し、一合の酒代で、果物を買い足し、一合の酒代で、あの神社の綱張りの中へ……いや、神社の方はあれで結構だ。ただ、林檎と柿と蜜柑の二つずつは、あまり惨めすぎる。小さいのでよいとあなたは言った。でも恰好のよいのをとは、大出来だった。お仏壇のことも、私は咎めはすまい。
信子は家に帰って、果物をお盆にのせ、仏壇に供える。二階には他の一家族が同居しており、小さな家なので、六畳と四畳半の二室きりだが、仏壇だけは、小型にしても紫檀の立派なものだ。戦死した高須の位牌もその中にある。
信子はお茶をいれ、それから、いま供えたばかりの果物を仏壇からさげて、皮をむき、喜久子に食べさせる。
「もう食べてもいいの。」
「ええ。いちどお供えしておけば、それでいいんですから、食べなさい。ほんとは、あなたに買ってあげたのよ。」
「七つのお祝い?」
「そうですよ。そして、来年からは学校……。嬉しいでしょう。」
喜久子はにっこり頷いて、果物を食べる。
「あ、お母ちゃん、お宮には、もういかなくてもいいの。」
「もういいことにしましょうよ。さっきお詣りはすましたんだから、二度お詣りするのも、おかしいでしょう。わたしが、思いちがいしていましたよ。」
「わかったわ。みんなが着ていたような、美しい着物がないからでしょう。」
「いいえ、着物なんかどうだって宜しいんです。お詣りを二度もするのは……。」
「慾ばりね。」
「そう、慾ばりですよ。」
「慾ばり、やめたあ。」
歌うように言って喜久子は笑う。信子も笑う。
「今日は、あなたがちっとも慾ばらなかったから、御馳走してあげましょうね。」
「知ってるわ。鶏のお肉でしょう。」
「あら、どうして分ったの。」
「だって、さっき買ったんですもの。」
「あ、そうでしたね。お好きでしょう。」
「大好き。久しぶりだわ。お砂糖も使ってね。」
「ええ、沢山使ってあげますよ。早めに御飯にしましょうね。」
信子は台所に立ってゆく。喜久子は古い絵本を取り
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