或る印象を皆に与えた。辰代は、今井の話がよく分りはしなかったが、その全体から不気味な底深いものを感じて、多少畏敬の念の交った不安さを覚えさせられた。今迄単に変人だと思っていたものが、案外根深い所から来ているのであって、まかり間違えば、善にしろ悪にしろ、どんなことを仕出来すか分らない、といったような気がした。中村は、やはり今井を素直でない人間だと考え、衒っている――というのが悪ければ少くとも――僻んでいるのだと思った。澄子は、今迄通り今井を滑稽化して眺めたかったが、何かしら滑稽だとばかりは見做せないもののあるのを感じた。そしていろいろ考えた上、結局彼を野蛮人だとした。
 所が或る日、その変人で夢想家で野蛮人である今井が、雨にびしょ濡れになって帰って来た。学校から戻ったばかりの澄子が、袴姿のまま出迎えると、彼は雫の垂れる帽子を打振って水を切りながら、足が汚れてるから雑巾を下さいと云った。それを聞いて、台所にいた辰代がバケツに水を汲んできた。今井さんにありそうなことだ、と澄子が思ってると、辰代の方ではこう云っていた。
「雨の中を傘もささずに歩いていらっしゃるってことがあるものですか。あなたも
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