また殺そうとか殺されるとかいうつもりでもなく、ただ偶然にああなったまでのことでしょう。それを考えると、何だか私はじっとしていられないような気持になってきます。」
「然し、」と此度は真面目な調子で中村は云った、「偶然だからまだいいんで、初めから殺意があったらなおいけないじゃありませんか。」
「私はその反対だと思うんです。意識的に殺されるのは構わないが、偶然殺されるなんて真平です。」
「では殺す方はどうでしょう。」
「殺す方だって同じです。偶然に人殺しをするような者は、永久に救われない奴です。けれど、意識して人を殺せるくらいな人間は、またどこか偉い所があると思うんです。私は友人からこういう話を聞いたことがあります。ゴリキーの書いたものにあるそうですが、ロシアの革命の頃、或る処の農民は、捕虜にした何十人かの敵の兵隊を、逆様に腿まで地中に埋めて、苦しさに足をぴんぴんやって死んでゆくのを眺めて、何奴《どいつ》が一番我慢強いとか、何奴が一番息が長いとか、そんなことを云い合って面白がったそうです。また或る処では、捕虜の腹から腸の一部を引出して、それを樹木の幹に釘付にし、皆で其奴を鞭で引叩き、其奴が木
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