、私が悪いと思われるんですね。」
「私は何も事情を知らないんですから、悪いとか善いとか、そんなことは分りませんが……、」そして中村は軽い微笑を浮べた、「ただ、あなたは少し……芝居気が多すぎるようですね。」
「え、芝居気が……。」
「と云っちゃ言葉が悪いか知れませんが、兎に角、不真面目さが……その態度にですね、態度に人を喰ったような不真面目さが少しあるので、それで人から悪く思われるのじゃないでしょうか。」
 今井は一寸顔の色を変えた。そして暫く黙った後に、怒りを強いて押えつけたような調子で云った。
「あなたに聞いたのは私の間違いです。あなたは純真なものを、何でも滑稽化して見る人です。ここの小母《おば》さんのことだって、あなたは滑稽だと思っていられるんでしょう。」
 中村は皮肉な苦笑を洩らした。
「ついでに、澄ちゃんのことも滑稽だと思ってるかも知れませんよ。」
 今井はぎくりと眼を見開いた。そして相手を見据えながら云った。
「あなたとはもう口を利きません。」
「そうですか。御自由に……。」
 中村がそう云ってるうちに、今井はもう立上って、二階の室に上っていった。その姿を見送って、中村はまた苦笑を洩らした。
 台所でじゃあじゃあ水の音がしていた。怒った時にはやたらに用をしないではいられない辰代が、夜遅く、他に仕事もあろうに、何か洗濯物をしてるのだった。中村はその音に耳を傾けたが、やけに敷島をすぱすぱ吹かした。それが灰になってしまおうとする頃、奥の重から澄子が出て来た。眼を赤く泣きはらしていた。
「中村さん、どうしたらいいんでしょう?」
 敷島の吸殻を火鉢に投り込んで向き返った中村に、澄子は縋りついていった。
「私恐くって……どうしたらいいかしら。」
「何が?」
 澄子は片手で中村の手を握りしめながら、片手で二階の四畳半を指さした。
「あんな天才には、」と中村は云った、「凡人が近寄っちゃいけないよ。」
「あら、私真面目に云ってるのに!」と澄子は涙声を出した。
「心配しなくてもいいよ。ああいう人には、つっかかってゆくと始末におえない。そっとしてさえおけば、何でもなく済んでしまうことなんだ。」
「だって、私がもとで、お母さんと今井さんとの間が、あんな風に変にこじれたような気がするんですもの。」
「そんなことなら、心配するには及ばないさ。お母さんもあの人も、あんな風の性質《たち》
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