かかっていたが、急に向き返って、膝をきちんと合せ、握りしめた両の拳《こぶし》で腿の上を押えつけながら、少し頭を傾げて云った。
「澄子さん、私はあなたに真面目に聞いて頂きたいことが……いや、真面目に聞かして頂きたいことがあるんです。」
「なあに?」と口の中で云いながら、澄子は一寸居住居を直した。
「本気で、心から、私に聞かして頂きたいんです。」
「どんなこと?」
「あなたは、私を……どう思っていられるんですか。」
「どうって……。」云いかけておいて彼女は、今井の真剣な気勢に打たれてさし俯向《うつむ》いたが、やがて静に続けた。「私にはよく分らないけれど、あなたは、詩人で夢想家で、そしていくらか野蛮人みたいな……そして一寸変った人だと思ってるわ。」
「いえそんなことじゃありません。……私の云いようが悪かったかも知れませんが、そんなら云い直します。あなたは私を……。」そこで彼は文句につかえて、自分で自分を鞭打つように、膝の拳をぎゅっと押えつけた。そして云い直した。「あなたは私を、どんな眼で見ていられるんですか。」
「私何も変には思ってやしないわ。」
「いえそんなことでもありません。」そして彼はまた、膝の拳固をぎゅっぎゅっとやった。「あなたは私に、ただ友達としての感情で対していられるのですか、それとも、異性としての感情で対していられるのですか。」
「まあ! 私そんなことは……。」
「聞かして下さい。本当のことを聞かして下さい。」
「だって、私、そんなことは考えたことがないんですもの。」
「考えたことがないんですって! でもあなたは、もう来年は女学校を卒業されるんでしょう。そして、やがては結婚もされるんでしょう。愛という問題を考えたことがないんですか。」
「ないわ。」
「本当ですか。」
「ええ。」と澄子は力無い返辞をした。
「嘘です。そんな筈はありません。私はあなたを、中村さんのように子供扱いには出来ません。私はあなたに対すると、ただの友達としてではなく、異性としての感情に支配されてきます。そして、いつもあなたのことばかり考えているんです。」
「だって私……。」
そして暫く沈黙が続いた後で、澄子は何かぞっとして顔を挙げると、今井は眼に一杯涙ぐんでいた。
「あら、どうなすったの?」
今井は黙っていた。
「御免なさい。ねえ、私|謝《あやま》るから……。」
「謝ることなんかありま
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