と似通っていた。或は今井であるかも知れなかった。そして狼狽の余り、牛乳屋の払いはさせられてしまって、それから澄子へ相談してみた。
「まさか、あの弱虫の今井さんが!」と澄子は打消した。
「でもあれは、病気のせいではありませんか。家にいらした時からのことを考えてごらんなさい。」
 母にそう云われてみると、澄子も多少の疑惑を持ち初めた。
「ともかくも、家にどなたかお友達がいらしたという話だったから、その名前をそれとなく聞いてごらんなさいよ。」
「お母さんが聞いたらいいじゃないの。」
「いえ、私から聞くと角が立つから……。」
 それは当然もっと早く聞いてみるべきことでもあったし、また何かのついでに訳なく聞けることでもあったが、それを一の手掛りとして気にとめると、変にこだわってしまって、うっかり口に出せない事柄のように思い做された。そういう母の気持が、澄子へも伝わっていった。さも重大な問題ででもあるように、澄子は不承不承にその役目を引受けて、いい機会を窺ってみた。
 その機会がなかなか来なかった。辰代は幾度も催促した。それで澄子も遂に決心して、或る晩、二階の戸を閉めに行った時、今井から学校の試験のことを尋ねられたのをきっかけに、何気なく尋ねてみた。
「あなたはちっとも学校にいらっしゃらなくて、ほんとにそれでいいの?」
「行ったってつまらないから行かないんです。」と今井は答えた。
「だって家にいらした方はみんな、真面目に学校に出ていらしたわ。……そして……あの……あなたの友達で家にいらしたというのは、何という方なの?」
 尋ねながら澄子は、背中が寒くなって顔を伏せってしまった。
「え、私の友人で……。」
「家にいらした方があると、そうあなたは云ってらしたでしょう。」
「あ、あれですか。あんなことはでたらめですよ。」
 澄子が喫驚して顔を挙げると、今井は真面目くさって云い出した。
「私はあの時、静かな宿を探すつもりでぶらついていますと、ふとこの家が眼についたのです。あの二階に置いて貰うといいなあと、二三度表を通りすぎてから、思いきってはいって来ました。全く偶然でした。然し今になってみると、偶然だとばかりは云えない気がします。自分の落付くべき所へ、自分で途を開いて、落付いてしまったような気がします。」
 澄子は言葉もなくて、今井の顔をぼんやり見つめていた。その時今井は、半分机により
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