、自分も一緒に進んでいって、ぱっと電燈のねじをひねった。今井はその俄の光に、眼をぱちぱちやっていた。それを見て、澄子はおどけた笑い声を立てた。
そういう風な今井の様子を、辰代は呆れ返って眺めた。肩幅の広い骨組の頑丈な今井だけに、滑稽でもあれば痛々しくもあった。そして、これは多分肺病の初期とか神経衰弱とか、そういった風の病気に違いない、或はその両方かも知れない、というように彼女は考えた。
「あなたどこかお悪かございませんか。」と彼女は尋ねてみた。
「いえ別に何ともありません。」と今井は答えた。
それでも辰代は肺病とか神経衰弱とかについて、それとなく中村に問いただして、結局今井の生活がいけないと結論した。朝一度御飯を食べるきりで、時々西洋料理や蒲焼などを取寄せはするものの、大抵はパンと牛乳とで過しているので、身体に精分がつくわけはない。中村のように一日病院につとめてるのなら格別、今井は家にばかりごろごろしてるので、もし家の者同様でよかったら、午も晩も賄をしてやってもよい、と彼女は考えた。
「ねえ、澄ちゃんどうでしょう?」と彼女は娘にも相談した。
「お母さんさえそれでよかったら、今井さんはお喜びなさるでしょうよ。」と澄子は答えた。
それで辰代の決心はついた。病気のことには触れないようにして、例の不経済をたてに、もしよかったら実費で――全部で二十五円ばかりで――賄付にしてあげてもよいと、彼女は云い出してみた。
「結構です。」と今井は答えた。「どうかお願いします。」
そして翌日から、今井は辰代の拵えてくれる米の御飯を食べることになった。そのために、辰代の手がふさがっている時には御膳を運んだりなんかして、自然と澄子が二階に上ってゆくことも多くなった、そういう時今井は大抵机に両肱をついてぼんやりと、開け放した窓から空を眺めていた。
「空を見てると、一番心がしみじみ落付いてきます。」と彼は云った。
「だって、こんな曇った陰気な空じゃつまらないわ。」
「私はあの雲の上の、晴れた清らかな空を想像するんです。人間の世界から雲で距てられた、澄みきった清浄な空です。」
そして、その高い清浄な空を想像ししみじみと心が落付いてる今井は、澄子へ向って、彼女の身の上を尋ねたり、隣室の中村のことを尋ねたりした。殊に中村のことについては執拗だった。
「私はあなたが、中村さんと、親戚とか従兄妹《
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