て呑みこみ、それが胃袋を擽る拍子に自然と嘔気を催し、胃袋の毛を吐き出してしまうのである。――毛をなめるのが猫の化粧であるとするならば、その結果の胃袋の毛を吐き出すのに、草の葉を呑みこんで胃袋を擽るというのは、随分ととぼけたやり方である。
以前、埼玉県の或る農家の娘に、訳の分らぬ胃の病気にかかったのがあった。あちこちの医者に診せたが、どうしても明瞭なことが分らない。遂に某外科医が診察を主眼として胃の切開をやったところ、沢山の毛髪が胃袋の底にこんぐらかっていたという。――田舎の娘などはよく、髪の後れ毛をちょっと唇に含む嬌態をなすことがある。この娘にもその癖があって、長い間に知らず識らず髪の毛を沢山嚥下したために胃袋を切開されたのも、おかしな話である。
ところで、或る謹厳な君子が、地方の知人から一人の青年を自宅に預ったところ、二ヶ月ほどして、その青年を追い出してしまった。理由はその家にだらしない女中がいて、食物のなかに髪の毛などを時々落すことがあるが、青年はそれを平気で食べてしまうからであり、女の髪の毛を嫌がらないような青年は、ひどく淫蕩な性質だというのである。――この話、甚だ不快で、右
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