ール、三は時計、四はナイフ……という工合に客の任意に指定させておいて、さて、三と云えば時計という風に直ちに答えるのである。ところで、その記憶の仕方だが、品物と数字とはなかなかくっつけられるものではない。最も容易く覚えるには、自分の自宅から一軒目二軒目三軒目と、はっきり頭にある人家を規準にして、一軒目のあの家には煙草、二軒目のあの家にはビール……という工合にくっつけるのである。少しく練習すれば、自分でも驚くほど上達するそうである。――誰から聞いた話だか、今私は覚えていない。即ち、その人は忘れてしまったが、その方法、人家ということはよく覚えている。
また、吾々が日常通る道筋、例えば自宅から電車停留場まで行く街路や、勤務先まで行く交通機関や、梯子酒の常習者ならばその飲みまわるコースや、広い家屋ならばその奥の室から湯殿へ行く廊下など、それが一筋でなく幾筋もあり得る場合に、何かのことで一度決定した時、人は大抵いつも同じ道筋を倦きずに繰返すものであって、その習慣は容易に破り難い。犬に等しいのである。
だから……と云ってはあまり飛躍しすぎるけれども、リイラダンの「ヴェーラ」に於て、ダトール伯爵は
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