うなお爺さんの乞食……という思いがとっさに胸にきて、他に見てる人もないところから、その思いが更に深く、また或る物優しい心境にも在ったので、何の気もなく懐中をさぐって貨幣を一枚、お爺さんに与えた。
 お爺さんは、貨幣を押戴いて受取ったが、じっと彼女の顔を眺め、それから、通りすぎようとする彼女のそばへ、追いすがるように寄って来て、掌を見せて下さいと云うのだった。
 彼女はちょっと不気味な気持がしながら、左手を差出すと、右手の方をと先方は云う。そこで、右手の掌を差出すと、お爺さんはそれをじっと眺め、小首をかしげて更に眺めてから、よいものを見せて頂いた、と云うのである。
 何のことですかと尋ねると、お爺さんは彼女の手には触れず、指先で彼女の掌を指して、ここのところとここのところが……とて、親指の根本と小指の根本との掌のふくらみについて、実によい相をなしている、今月はちょっと塞りでいけないが、来月から実によい福運にあなたは向います……。
 ありがとうございました、と彼女はお礼を云って、そのままお爺さんに別れてしまったが……。
 そのお爺さんの姿が、いつしかすっと神社の境内に消えてしまった、となる
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