まのものである。途中で何者かが、全然同様な籠とすりかえたのであろうか。或は、中の猫だけをすりかえたのであろうか。それとも、あのアユーチアがどら猫に化けたのであろうか。その謎は解かれずに終った。
 ――この話は全く事実である。この事のために、D夫人はB夫人と諍いを生じ、D夫人は弁護士に依頼して、B夫人を相手取り、愛猫喪失の慰藉料を請求した。その記録まで残っている。D夫人は後で思い直して、その訴訟を取下げはしたが、一時はかっとなって訴訟にまで及んだことに、シャム猫の主人公たるパリー貴婦人の面目が窺われないでもない。
 日本では、猫はその死にぎわに失踪して決して死体を人に見せないと、昔から云い伝えられている。然し当節では、猫も人の看護を受けながら、畳の上、布団の上で、安らかに息を引取る。猫に通力が無くなったのであろうか。否、事実は、昔の猫は病苦のあまりやたらにうろつき廻り、そこらの藪の中や物陰に我と我身をつきこんだものだったが、当節では、文化的看護の方を信頼するようになったのであろう。文化の進歩に依る――遺憾ながら――猫性の退歩である。

      H

 私は或る夏、大阪府下の或る教護院
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