軍は其地に露営したが、その陣営には種々の噂がひろまった。或は、アジマン族が大挙襲来して来るともいい、或は、新手の強族が襲って来るともいった。更に不幸な噂としては、イブン・サウドは敵弾のために陽物を失い、もはや男ではなくなり、軍勢を指揮するどころか、何の役にも立たない者になってしまったというのである。
この最後の噂は、男性的力を頼りとする砂漠の民兵等をひどく動揺させた。指揮者を失えば彼等は単なる烏合の衆である。故郷へ帰った方がよいとの囁きが起り、逃亡がはじまった。
天幕の中に寝ていたイブン・サウドは、その情勢を察知した。股の負傷は可なり深く、痛みも甚しかったが、致命的なものではなかった。全軍を落着かせるために、早速行動を取らねばならないし、殊に負傷はしたがやはり男であるとの証拠を見せてやらねばならなかった。
彼は直ちに、近くの村の族長を呼び寄せ、結婚にふさわしい処女を一人選出するように命じた。命令は容易く実行された。
そしてその夜、陣営の中央の天幕で、盛大な結婚式が挙げられた。賑かな祝賀の宴が張られた。云うまでもなく、イブン・サウドと選出された処女との結婚なのである。
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