ぶには、インテリ層が火を引かない前に、その自由主義をして、いつまでも自由主義で止まらしむることである。云いかえれば、何等の集団的な根拠をも持たしめず、何等の階級的な色彩をも帯ばしめず、何等の実践的な目的意識をも懐かしめないことである。
さて、こういう風に遊離した状態に置かれる自由主義は、或る営養不良的な陰欝さを、その相貌の上に漂わせる。営養不良は、食物の不足と空気の不足と、両方から来る。実践的動力の不足は食物の不足であり、権力的統制から来る拘束は空気の不足である。
近頃吾国に起ってきた自由主義には、右のような陰欝さが観取されないだろうか。少くとも、この自由主義には朗かさが乏しい。
自由主義は、その本来の気質からして、朗かであるべきである。やがて勃興しようとする気運の先駆者たる溌剌さを、内に萠芽しているべきである。それが、陰欝であるという現状は、たといブールジョアジーの自由主義であるとしても、余りに惨めである。
この自由主義の陰欝さと、前述の文学の曇天とは、共通のものを持っている。それは同一のものから来る投影の、二つの現れに過ぎない。即ち、何物かが空を蔽い日の光を遮って、大きな影をなげかけ、その影の中で、文学は未来に対する進展力を阻まれ、自由主義は食物と空気との摂取を妨げられている。
そうした影を投じてる本体は何か。それは、逆に辿って、強度の権力的統制であると云えるだろう。然し現在の権力的統制は、注目すべき特殊な相貌を呈しているようである。
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権力的統制は、権力を掌握してる主体が青年期もしくは壮年期にある場合に於いてのみ、力と生命と意義とを持つ。然しその主体が、老衰期にはいり、没落に近づくにつれて、その権力的統制には頑迷な老人に見らるるような、焦慮と剛直とが不思議に混和した一種のファッショ的傾向を帯びる。そしてこういう傾向こそ、凡てのものを陰欝な気分で塗りつぶす。
五・一五事件は、吾国のファシズムの一つの現れだと云われるが、私はそう思わない。あの事件あって、別種のファッショ的傾向が益々濃厚になったのではないか。また、所謂強力内閣が出現しても、吾国の生命線と云わるる満蒙の地が確保されても、社会的雰囲気は妙に陰欝になるばかりではないか。これは単に、資本主義の行き詰りや軍部の跳梁などだけでは、説明しつくされない。その根本のところは、社会的な経済的なまた政治的な老衰が、老衰につきものの動脈硬化を来し、その動脈硬化がこの場合には生命硬化となり、統制の側に於ける焦慮と剛直とを伴って、ファッショ的傾向となって現れ、それが全面的に進出してきたこと、そのことではないだろうか。
私は今茲に、政治や社会を論ずるつもりでは毛頭ない。然しながら、文学の曇天を感ずるが故に、その曇天の由って来るところを探ってゆくと、右のようなことを考えざるを得ないのである。
そこで、文学を曇天より救うには、右のような生命硬化から来るファッショ的傾向と絶縁して、それから来る陰欝な影を受けない日向へ、文学を持出すより外に、方法はない。
このことは果して可能であろうか。可能ならしむるためには、現実に対する特種な把握の仕方が必要であろう。そして、社会的存在のみが吾々の意識を決定する唯一のものであるとするならば、問題は簡単になると共に深刻になる。また、文学者の率直赤裸な意識に、或る種の進展性と飛躍性とを認むるならば、問題はわりに手近なものとなると共に複雑になる。だがいずれにしても、憂欝な自由主義者たるだけでは足りないだろう。
晴天の日には南の窓を閉め、曇天の日を喜び、雨の日を歓迎して、そして仕事をするようなことは、文学を益々曇天ならしむるばかりである。――とこう云うのは、勿論比喩的な云い方であって、作者には各人各様の仕事癖があろうけれど、作者としての心境が右のようなものである限りは、文学は決して日向に出るものではない。そして茲で云いたいのは、文学の前方に立ちはだかって大きな影を投じてるものを、つきぬけるか打ち倒すかするだけの意欲を、文学者自身も持つべきであるということである。そうしてはじめて、文学にも溌剌とした息吹きがこもってくるであろう。
そして文学に於いて問題となるのは、この意欲の表現の仕方だけである。このことについて、蛇足ながら――というのは、文学を文学たらしむるために――一言つけ加える必要がある。
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文芸のために生涯を捧げて黙々と歩み続ける人々の努力には、真に涙ぐましいものがある。そして、よい作品を書くということだけが、彼等の目的の凡てであって、他事は敢て問わないようにも見えるばかりでなく、例えばバルザックやドストエフスキーのような作家にあっては、時として馬車馬のように駆り立てられ、ただ書かんがために筆を走らせたような点さ
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