斯かる行為が選択されたのは何故であるかとの詮索が、心理解剖の名のもとに作品の主題となったことがある。其他、これらのものすべて、人間性の探求であった。
人間性の探求も結構であろう。だがこの探求は、人間という形態を保ち得る範囲内に限定される。アランが指摘したように、寓話に於て狐が如何に狡猾であろうとも、その狡猾さは畢竟、狐という形態以外には出ない。犬が如何に忠実であろうとも、その忠実さは畢竟、犬という形態以外には発展し得ない。人間性は畢竟、人間という形態によって制約される。
然るに、人の思想や情意は、人間という形態以外にはみ出そうとすることがある。その時にはもう人間としての形態は保ち得られず、現実の生存は続け得られない。スヴィドリガイロフ、ムイシュキン、スタヴローギンなど、一列の系譜の人物は遂に破綻するの外はない。ラフカディオという人物は遂に架空のものとなるの外はない。それらの人物を扱った作品がそのことを実証している。
この種の悲劇は、不可避なものであるだろうか。人間性の探求を無意義なまでに遠い過去へ追いやった現代に、既に、種々の新たな性格が形成しかかっている。これまで見られなかった新たな思惟、新たな言葉、新たな行動などの、萠芽的な断片的なものに今は過ぎないが、それらの孰れかが成長する時、その人の形態は特殊なものとなり、特殊な性格として出現するだろう。
拡大されたその特殊な性格は、破綻なしに多くの思想や情意を容れ得るであろう。容れ得なくて破綻しても、元来この種の悲劇はむしろ歓迎すべき性質のものである。
原子爆弾を象徴とするこれからの時代に、文学は、取り残されないだけの自己主張をしなければならない。予想されるこれからの時代は、或は人間を精神的狂乱に駆り立てるかも知れない。この精神的狂乱に対抗する有力な強壮剤の一つたる資格を、文学は過去の名誉ある伝統にかけて獲得しなければならない。
このためには、来るべき新たな可能性と驚異との世界にも挺身出来る、強健な構想力を持たなければならない。急激な科学の発達に対して、文化の滅亡が警告されたのは、つい昨日のことであった。明日は科学は更に急激な発達をなすであろうし、今日から既になしつつある。然し文化は滅びないであろう。対抗の武器として、更に、統御の機能として、吾々は各方面に強健な構想力を持つであろう。科学の発達そのものすら、つ
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