てるところへ、彼女が全く知らぬ間に、私は姿を現わさなければならない。彼女の夢に私が現われる、その通りのことにならなければならない。そして、私は、夢の中と同様にして、彼女と対面しなければならない。寝言をいう人に向って、その寝言に応対すれば、その人の寿命は縮まるとか。眠ってる人に対して、夢の中と同様にしてその人と現実に対面すれば、相手とこちらとは、果してどうなるだろうか。寿命が縮まるぐらいのことは何でもない。
 ただ、困ることには、彼女は中途で眼を覚すかも知れない。つまり、中途で夢からさめるかも知れない。現実の私は消え去るわけにはゆかない。その時、どうなるか。どんなことが起るか。どうせためしてみるだけのことだ。構うものか。
 私はウイスキーに酔いながら、あれこれと手段を講じた。酔狂に類するこの考えも、実はさほど他愛ないものではなく、私としては痛切な感情の裏付けがあったのだ。私はやはり彼女を愛していた。愛していたからこそ、こんなばかげたことを考え廻したのである。考え廻しながら、私の心には、彼女の顔が、彼女の息が、彼女の肌が、しつこく絡みついていた。私はふっと涙ぐみまでした。彼女を溺愛した日々
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