風俗時評
豊島与志雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]
−−
A
神社参拝は、良俗の一つとなっている。明治神宮や靖国神社など、国家的な国民的な神社へ、祈誓のために参拝することは別として、町々村々にはそれぞれ、氏神や其他の神社があり、常に参拝の人がたえず、非常時に際して、支那事変に際して、参拝者は殊に多くなった。
氏神や其他の神社、云わば民衆的な神社へ、参拝してる人々の姿態、それは本来、清く明るく朗かであるべきことが、希望されるのである。なぜなら、それらの参拝は本来、感謝を主としたものであるだろうから。祭礼日の参拝は、生活の楽しみを感謝し且つ祈るものであり、七五三の参拝は、子供の生長を感謝し且つ祈るものであり、日常の参拝も、そういう線上に於てなさるるのである。つまり、将来への希望をこめた現在の感謝である。
然るに、近頃、数多い参拝者の姿態に、何かしら切迫した陰影、云わば必死に取縋ろうとしてるようなものが、目につく。戦地にある人々の武運長久を祈るのは、誰しも同じ思いであろうが、そういうことと違って、一層個人的な一層打算的なものの匂いがする。これは、生活があまりに窮迫してるせいであろうか、心情があまりに衰弱してるせいであろうか。それはとにかく、個人的な願用を主とした参拝は、これは良俗とは云えない。神社以外に於ても、種々の講中の威勢のよいお詣りなどは、見ても愉快なものであるが、御利益あらたかなお稲荷様への深夜の憂欝なお詣りなどは、世の中を明るくするものでは決してない。
態度は心意の如何によって決定される。感謝を主とした参拝の態度と、願用を主とした参拝の態度とは、おのずから異るものであって、後者の態度が近頃多く目につくということは、識者の一考再考を要する。殊に、態度が心意を決定する場合があるに於ては、猶更である。
B
婦人の洋装に、殊に若い婦人のそれに、一つの種類が近頃目立つようになってきた。
職場的洋装、というと変だが、例えば、バスの女車掌のそれ、デパートの女店員のそれ、喫茶店の女給のそれ、其他、個々のオフィス・ガールのそれなど、各職場の事
次へ
全12ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング