。用は済んだのだ。
「おやすみなさい。」と子供たちは云う。
 父親は寝る。子供たちは徹夜だ。
      *
 非常時にあっては、父親は子供たちに対して、一種神秘な力を持つ。子供たちはその力によりかかってくる。
 三十九度以上の病熱になやまされてる子供のそばに、父親は殆んどつききりでいる。夜がふけて、看護婦はうつらうつらしている。覆いをした電灯の光のうす暗いなかで、熱にうかされた子供の大きな黒い瞳が、じっと父親の方に向けられる。何かを訴えてるようだ。
「なあに?」
「…………」
 返事もなにもない、その沈黙のなかに、魂が溺れていく……。
「大丈夫よ。」
「…………」
「じきになおりますよ。」
「なおりますよ。」
「あしたから、熱がさがるの。」
「熱がさがるの。」
「今日は、いい気持だ。」
「いい気持だ。」
 子供はうっとりと、赤ん坊のように父の言葉をまねている。
「だから、もう、ねんねしましょう。」
「ねんねしましょう。」
「おめめつぶりましょう。」
「おめめつぶりましょう。」
 子供は眼をつぶる。
「ねんねしましょう。」
「ねんねしましょう。」
 父親の掌に小さな手を任せたまま、子供
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