はうとうとと眠っていく……。何か大きなものに信頼しきった眠りだ。
*
この子供たちには、烱眼なる読者が既に察するだろう如く、母親がない。そして、母親の細かな監視の眼がないだけに、至って自由である。自由な子供たちは、亡き母親への追憶を中心に互いに結びつくこと以上に、また互いに年齢の差の少ない女児二人に男児一人という実情以上に、自由な境涯にあるというそのことのために、極めて仲がよい。然るに、仲のよい自由な子供たちには、ただ精神的規律だけが必要だ。云いかえれば、自律的にしっかりしていなければならないという感情が必要だ。
その一事が、まだ子供たちにはよく会得出来ないらしい。
よそから、子猫が一匹来る。まだ小さくてよくしつけの出来ていない子猫だ。食卓の上にはい上る。食事の時になき立てる。遠慮もなく皿に頭をつきこむ。時とすると、とんでもない場所にそそうをする。ところが、その不行儀を叱ることが、子供たちにはどうしても出来ない。
「可哀そうだ。」と彼等は云う。
猫のような飼養動物にとっては、精神的規律は第二の天性になるということが、子供たちには分らないのである。
「だって、可哀そうよ。」と朗かに云う。
父親は苦笑する。それから微笑する。子猫に対する子供たちの朗かな愛撫が、彼の微笑を誘うのである。そして、子猫は叱っても、子供たちはまだ叱れない……と思うのである。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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