に咲き匂ってる梅花を眺むる時、軽佻と鈍重とを超越した気品の沈静に、人は自ら味到するであろう。
 気品はこの世に稀である。それは地上のものというよりも、寧ろ多く天上のものであり。この地上に在っては、その本来の面目を汚されるというのではないが、そこに在るにはあまりに清らかすぎる。然しながら、それを地上に引下して、己が所有とした所に、人の魂の朗かさがある。地上から天上へと人の魂がかけ渡した、多くの橋梁のうちの一つが、其処にあるとも云い得らるる。それ故に、気品は一の抽象であって、一の具象ではない。随って気品は、如何なる人にも親しまれ易い。
 梅花の感じは気品の感じである。けれども梅花は、一の抽象ではなくて具象である。それ故に人に親しまれ難い。余りに芳ばしい香を漂わせ、余りに凛乎たる気魄を示し、余りに清らかな色彩に成り、余りに妙味ある樹に咲くが故に、人間離れのした感じを以て人を郤けがちである。然しながら、梅花に眸を定めその香に心を澄すことは、必ずしも詩人にとってばかりではなく、普通の吾々にとってもよい。なぜならばそれは、地上の息吹きに天上の息吹きを交えることだからである。新たな心を以て梅花に接し
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