いをしたり、謂わば寄生虫みたいな生活ではないか。千枝子が月給を求めたのは、労力に対する正当な報酬を要求したにすぎない。彼女はただ月給そのものを手に入れてみたかったのであろう。それを、吉村さんや佐竹は、近代人の心理問題だとして議論しているが、ばかばかしいことだ。
「あんな人たちには、食事を出すとしても、握り飯だけでたくさんです。」
 いつにない洋介のきっぱりした言葉に、房江は呆気に取られた。それにまた、終りの方の事柄は、彼女がそこに居合せなかった故ばかりでなく、よく腑に落ちなかった。彼女は机に肱をついた掌に額をもたせた。
「いつも家の体面のことばかり考えるのは、お母さんの悪い癖ですよ。これから、ただ人間としての体面だけを考えるようにしましょう。」
 房江は眩暈をでも覚ゆるように、両の掌で額を覆った。
 洋介は涙ぐんでいた。その涙が溢れかかると、ハンカチで眼を拭いた。
 それきり、二人とも長く黙っていた。やがて、二人の眼が合った時、洋介の顔にはなにか靄でもかかったような工合だったし、房江の顔には神経がこまかく震えていた。

 それから数日後、波多野邸から高石邸へ、文化研究所は移転した。個人
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