。
「つまらん話だね。だが、そこにはいつでもビールがあるのかね。それなら、僕もこんど案内して貰おう。」
「ええ、いつでも御案内しますよ。」
ところで、実は、そのつまらぬ一件が起った時、私もそこに居合していたのである。――洋介も一緒に、私達は奥の小部屋で焼酎を飲んでいた。そこへ、山口が一人ではいって来て、土間の方の卓につき、ビールを註文した。大田梧郎がビール瓶と小皿物を出した。山口は視線を静かにあちこちへ移して、なにか探索してるようだった。ビールを一本飲んでしまうと、煙草をふかしながら、通りかかった大田に声をかけた。
「おい、ビールをもう一本くれ。」
卓上に帽子を置き、身を反らして、天井に煙草の煙を吐いた。
誂らえの品は手間取った。山口は叫んだ。
「おい、ビールだ。」
その時、洋介が立ち上って土間の方へおりて行った。なにかただならぬ様子なので、私も後に続いた。
洋介は真直に山口の方へ行き、卓上の帽子をぱっと払い落した。山口が先ず帽子を拾って、それを片手につっ立ったのへ、洋介は浴びせた。
「一本でたくさんだ。出て行きたまえ。」
彼は左手を伸ばして、山口の上衣の襟を掴んでいた。そ
前へ
次へ
全46ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング