―洋介は房江の実子ではなく、故人が房江との結婚より数年前に他でもうけた子で、房江とは十年あまりの年齢の差しかなかった。それ故、二人の間には、或る程度の距りを置く遠慮が常にあった。その上、支那から帰還してきた洋介は、その思想や感情や生活態度などについて、房江の理解し難いものを多分に持っていた。母としての彼女の手から彼はもう脱け出してしまってるかのようだった。彼は彼女に何も相談しなかったし、打ち明けもしなかった。相談したり打ち明けたりするものを持っていないような様子だった。なにかぼんやりしてるようでもあった。
 それなのに、いつのまにか、文化研究所はよそへ移転されるらしいことになってきた。そういうことにしたのは彼だった。そればかりならまだよいが、彼はよそに料理屋を買い取っていた。ささやかな家ということだったが、彼は相当多額な金を引き出したらしかった。もとより、封鎖預金からの封鎖支払の形式によるものだったが、それが幾口にもなっていた。どうもささやかな小料理屋というだけではなさそうだった。今後とも、彼がどんなことを仕出来すか分らない不安があった。結婚の話などは笑うだけだし、今後の方針なども笑う
前へ 次へ
全46ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング