を重ねた自分のみなりの襟を合せた。がその後で、悪戯っ児のようにうそうそと笑った。
彼女は彼の顔をひたと見つめた。
「おばかさん……。」
それからがくりと折れるように、上半身の重みを彼の方へよせかけてきた。
「約束のように、出来るかしら。」
「約束なんか、どうだっていいですよ。なるようになるでしょう。」
彼はちらと眉根をよせた。
「少し、飲みたいけれど。」
「どうぞ。わたしも飲むわ。」
彼は卓上の眼鏡をとり、女中をよんだ。
房江は帯をしめてきた。食卓にきちっと就くと、肉附きのよいその体は、磐石を据えたように見えた。彼女は庭を眺めやった。
「静かないい家ね。」
そして庭から彼の方へ眼を移した。
「どうして、こんなことになったのかしら……後悔なさらない。」
「あなたも、後悔しませんか。」
二人はまじまじと眼を見合った。非常にあらわな眼付だが、それでもなにか、互に遠くから見合ってるような工合だった。
後悔などはなかった。それは初めから分っていた。四十五歳の未亡人の彼女と、世間に名を知られてる五十歳の文士、それが却って安全弁だった。体面への顧慮もあり、分別もあった。また、向う見ず
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