て吸うわよ。」
「然し、今まで一度も……。」
「遠慮してたのよ。」
そして彼女は、やはり空の雲から眼を離さずに、しみじみと言った。
「なんだか、窮屈になってきたわ。遠慮したり、気兼ねしたり、いつもそうでしょう。それが、こちらの……波多野さんが帰っていらしてから、殊にそうなの。別に、怖いわけじゃないけれど……変ね。」
「波多野さんは自由主義ですよ。あなたが遠慮してるのは、奥さんの方でしょう。」
「いいえ、小母さまには遠慮なんかないわ。」
「それでは、ここの、雰囲気かも知れません。」
「そうね。そんなものが、……帰っていらしてから、はっきりしてきたのかも知れないわ。そうだとすると、わたし、ずいぶん迂濶だったのね。」
「なにが迂濶ですか。」
「そんなことに、これまで、気がつかなかったのよ。小池さんは呑気でいいわね。煙草を吸ったり、酒を飲んだり、薪を割ったり……。」
「そりゃあ、僕は男ですもの。まあ、謂わば書生ですね。」
「小池さんが書生なら、わたしは何でしょう……一種の女中ね。書生がすることを、女中はしていけないでしょうか。」
「それは面白い問題ですね。波多野さんに聞いてごらんなさい。」
前へ
次へ
全46ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング