表情に、紙を一枚かぶせたような趣きがあった。然し、注意して眺めると、その重たそうな瞼の奥から、時折、両の眼があらわに露出してきて、表情を覆うている紙にそこだけ穴があくことがあった。
 破壊と建設とが話題になってる時のことだった。――破壊と建設とは二つのものと考えてはいけない。古い家屋を壊して、その跡へ新らしい家屋を建てると、そんな風に考えてはいけない。精神文化に於ては、壊すことは即ち建てることであり、建てることは即ち壊すことだ。急激にせよ、徐々にせよ、新たな建設には必ず破壊が伴い、新たな破壊には必ず建設が伴う。そして両者は同時的に同空間的に行なわれる。破壊と建設とを別々なものとする観方は、両者の間に空虚な時間と空間とを許容することであって、それは、吾々の精神の在り方に、生の在り方に、矛盾する。ここには、空虚な時間や空間はない。建設することによって破壊され、破壊することによって建設されるのだ。――そのようなことを話してる私達の方を、波多野洋介は黙って見ていた。私が見返すと、彼の顔は、濡れた紙を一枚かぶってその下でぼんやり微笑してるような工合だったが、眼のところだけ穴があいて、黒目がまじま
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