蹲っていることがある。人に逢いたくなく、口を利きたくなく、一人で夢想しているのだ。そうした夢想の中に、肉食獣の野性の夢がある。猫のうちには、馴致されきれない何物かが残っている。
 それを、私は自分のこととして感ずる。人に逢いたくなく、口を利きたくなく、一人でじっとしている時、沈潜している情意は、道徳的な習慣的な世間的なものであって、その底に、何かしらむくむくとうごめく野性的なものが存在する。道徳や習慣に馴致されない何物かだ。そしてその野性的な何物かのうちに最も多く芸術の萠芽がある。
 芸術が一種の創造であるという要素は、この馴致されない野性的な深い何物かの上に建設されるところにある。この建設のない場合、芸術は創造的要素を失い、生命力が稀薄になる。
 猫の持つ野性の夢は、柔軟温順な外観から離れた、内心的なものである。その内心的なものに対する驚異と恐怖とから、猫に関する怪談が生れる。猫に関する怪談は、道徳美の埒外に、あるものが多く、たとい報恩とか復讐とかいうことから発したものにあってさえ、たちまち独自の発展をなして、精神的な怪異力を発揮する。
 それに似た怪異力が、すぐれた芸術の中に含まれ
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング