を横たえた。
どうせ助からない病人とは分っていたが、数日前から急に悪化して、食物も殆んど喉を通らなくなった。始終むかむかして嘔気があり、臭いおり物には殆んど自覚がなく、時折、疼痛を訴える。その側に、姉は炊事以外は付ききりなのである。姉自身も痩せて、顔色がくすんできた。せめて半夜交代にでもしようと俺が言っても、姉は承知しない。最後まで自分で看病するつもりなのだ。おむつの世話は男には無理だと言う。病室内の異臭ももう身について、いっこう気にならないらしい。
病室は四畳半。次の六畳に、姉の夫と二人の子供とが寝る。夫はその職場に時間外の居残り勤務までやって、一家の生活費を一人で稼ぎ出さねばならない。母が病臥して以来、彼の体にも無理がたたって、めっきり老けてきた。二階にも一家族、貧しい人々がぎっしりつまっている。至るところ人間臭い筈だが、体臭よりむしろ埃臭く垢臭いのだ。泣くのは子供たちだけで、大人たちは心から笑うことさえもない。
ただ一度、姉が泣いてるのを俺は見た。母のおむつを洗ってるところへ、近所のお上さんが来て、大声で言った。
「たいへんですねえ。大人の赤ちゃんのお世話は、骨が折れるでし
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