るか、新聞社に問い合してみるかするより外に方法はなかった。
 然し私達はそれをしなかった。
 何故に?――それは「明快な理論家」の解剖に任せよう。ただ私達は云い知れぬ陰欝な影を感じたのである。泣いていいか笑っていいか分らないようなものを感じたのである。あの男の黒い底光りのする眼が何処からか覗いていた。あの晩の「おかしな芝居」が雪を背景にして蘇ってきた。青いアーク灯の光りに輝らされた線路の上に血が滴っている幻が浮んできた。そしてそれらが一緒になって不気味な広い罠を拡げた。あの男が果して○○刑事であったかどうかは、もう問題ではなかった。
「人生は茶番じゃない、」と私は自ら云った、「うっかりしてるととんだことになるかも知れない。」
 その晩私は村瀬とゆっくりくつろいで酒を飲んだ。
「あの日はいけなかったのです、」と村瀬は云った、「キリストが死んだという金曜日でしたからね。」
 酒を飲んでいるうちに、私達のしたことが果していいことだったか悪いことだったか、分らなくなってしまった。そして兎に角もうああいうことは止そうと二人で誓った。「その方が無難だから、」と私達は結論した。そしてその平凡な結論に
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