方が勝味が多かった。「幸先《さいさき》がいい」と私は思った。そして十二時になるとすぐに座を立った。
 駅に来てみると、村瀬はまだ来ていなかった。電車がすぐに来たが、私はそれをやり過した。すると間もなく村瀬がやって来た。
「やあ失敬、随分待ちましたか。……そう、僕も急いでやって来たんですがね。今日はどういうものか馬鹿に勝負運がよくてね。」
「僕もそうだったですよ。屹度幸先がいいですね。」
 私達は非常に嬉しかった。そしてあたりを見廻すと、二三人の人が居るのみで、それも見たことの無いような人ばかりだった。今に誰か来るだろうと思って待っていると、いつのまにか時がすぎて電車が来た。私達は軽い失望を覚えた。わざわざも一台電車を待つだけの勇気はなかった。
 けれども次の金曜には、村瀬が一人見つけたといった。でっぷり肥った赫《あか》ら顔の折鞄をマントの下に抱え込んだ男だった。私はその姿を見ると興ざめた心地がした。それで順番を村瀬に譲って、傍から見ていた。
 粗らに二三人の人が歩廊には佇んでいた。赫ら顔の男は柱によりかかるようにしてそのうちに立っていた。村瀬は何気ない風で近づいて行って、その側に立った。私は息をこらした。然し村瀬はいつまでも何とも云わなかった。「臆病なんだな」と私は思った。けれどもやがて、彼は顔を上げて私の方をちらと見たが、傍の男にこんなことを云った。
「馬鹿に寒いですね。」
 男は変な顔をして村瀬を顧みたが、それでも答えた。
「そうですね。」その声は嗄れていた。
「度々こちらへお出でですか。」
「え?」
「いつか此処でお目にかかったように思いますが。」
「そうですか。」と答えて彼は村瀬の顔を窺った。
「どちらへお帰りです。」
「家へ帰るんです。」
 そう云いすてて男はふいと向うへ歩き出してしまった。
 私は可笑《おか》しくなった。そしてくすりと笑うと、村瀬は帽子を取って顔の汗を拭った。
「いや駄目だ!」と彼は低い声で云った。「君が応援しないものだからひどい目に逢った。」
 向うに立ってた二人連れの男が私達を不思議そうに眺めた。幸に其処は柱の影で暗かったけれど、私は罪でも犯した者のように、帽子を深く引き下げた。
「君こういう調子じゃ駄目ですね。」
「なに今に面白い男にぶつかるですよ。そう失望したものじゃない。夫に君のやり方は上出来でしたよ。」
「ひやかしちゃいけませ
前へ 次へ
全22ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング