たことでは面白くあるまい。真に打ち解けた気持ちで、吾々の「五郎」で焼酎を飲み川蟹をつっついたならば……。丁度晩秋から初冬へかけて、彼地では、楊子江下流地域に、ドザハ(大石蟹)と称する川蟹が氾濫する。先年私は上海に行ってた時、殆んど毎日のように、彼と一緒にその川蟹を食べたものだ。日本の川蟹もそれと全く同種のもので、ただ、少しく形が小さく、少しく肉が硬く、少しく脂が足りないだけに過ぎない。老酒のないのは淋しいが、それは上等のカストリ焼酎で補うとして、彼はきっと喜ぶに違いない。そう考えて、私は店主の大田梧郎に相談してみた。大田は首をひねったが、店で働いてる戸村直治が、千葉県に知り合いがあり、川蟹のことを請合ってくれた。そこで私は、吾々の酒場で日本のドザハを食べるんだと、秦啓源を誘ったところが、果して彼はたいへん喜んで、当日には紹興酒の二瓶をかかえて現われた。――それが、「五郎」に於ける川蟹の由来なのである。しかもこの蟹、数量が少いし、寒さに向うと殆んど獲れなくなるので、一般の客にはもう出さなくなり、吾々仲間の専用となってしまった。
 その上、蟹については、井野格三郎老人の弁慶蟹の話も思い出さ
前へ 次へ
全25ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング