八方に向いて開いてる眼です。
 その眼は、澄んでるのか、濁ってるのか、全く分りません。そんなことは問題でありません。ただじっと開いてる眼です。
 何を見てるのでしょうか。いや、見てるのではありません。おのずから見えるのです。見通し見抜く鋭い眼ではなく、ただ何でも見える眼です。
 何物でも、何事でも、その眼に映ります。いくら映っても、その眼は一杯になることがありません。底なしの眼です。次々に、あらゆることを見て取ります。見て取って、それをどうしようというのではありません。ただ見て取るだけです。
 だから、なんという豊富さでしょう、なんという知識の堆積でしょう。然し、ただそれだけのことです。それを利用すれば、商売は儲かるでしょう、出世は出来ましょう。然し、それを消化して血肉にまで生かことは、出来ないのです。それは石ころを寄せ集めたようなものです。
 そのような眼です。それが一つ処にいつまでもじっとしています。
 重いのでしょうか、死んでるのでしょうか。死んではいません。重いのでしょう。重そうです。なんだかずっしりと重そうです。風が吹いても揺がないでしょう。
 動くことが嫌いなのです。動こう
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