曹新は我を忘れたようにつっ立って、右の拳で徐和の頬を殴りつけました。徐和はじっと頭を垂れました。その逞ましいそして従順な姿を見据えて曹新は自分の頭の髪をかきむしり、鋭く叫びました。
「あっちに行き給え、穢らわしい。」
 徐和は静かに立上って、向うへ歩み去りました。
 曹新は暫く茫然と佇んでいましたが、頭を強く打振り、ウイスキーをたて続けに飲み、まだいくらかはいっているその瓶を地面に叩きつけ、瓶の砕ける音を聞いてから、腰掛の上に仰向けに寝そべりました。

 崔範は病床に横たわったきりで、朦朧とした意識のまま、殆んど食餌を摂らず、十日ばかりで息絶えました。
 その盛大な葬儀は、徐和がおもに指図して、万事手落ちなく済まされました。墓地は家から一キロほどの西方の野に占選され、煉瓦と白堊の小廟が築かれました。
 崔之庚は殆んど客にも逢わず、口も利かず室に籠りがちでした。崔冷紅は墓参りにおもな時間を費しました。曹新は散歩ばかりしました。徐和は鄭重な物腰で家事を取締りました。そして一家の空気が、中心のない寂寥なものになりかけました。
 その時、葬儀がすんでから半月ばかりたった頃ですが、崔之庚はふいに
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