という気持さえ失ってるのです。だから重いのです。そしていつまでも一つ処にじっとしているのです。
その眼が、広い空間に……。いや、地面があるようです。明暗定かでない空間の下に、茫とした地面が、大地があります。何処まで続いてるか分らない、はてしもない大地です。
眼は大地の上に据っているのです。そして動こうともせず、揺ごうともせず、自身の重さで、いつも一つ処にじっとしています。
おかしなまた癪にさわるような眼です。大きな石で地面の中に叩き込んでやりたいような眼です。四方八方に見開かれてる目玉だけの眼です。
転がることさえ出来ないのでしょうか。そう、地面の上にどっしり居坐っています。下の方は少し地面にめり込んでいます。自身の重さでめり込んでいます。
動こうとしないから重いのです。重いから動かないのではありません。長い間にはだんだん地面にめり込んでゆくでしょう。今も少しずつめり込んでいます。
地面が柔いのでしょうか、眼がよほど重いのでしょうか。眼は次第にめり込んでゆきます。もう半分ばかりになっています。更に沈んでゆきます。
遂に眼は地面に没しました。明暗定かならぬ空間と大地です。
……その眼を、崔之庚は徐和のなかに見出しました、また自分のうちにも見出しました。
五年後の春さきのことでした。風もなく随って紅塵もないうららかな日、曹新が崔家へ戻って来ました。
崔家はよほど様子が変っていました。崔之庚はこれまで、貧しい姻戚の人々は殆んど寄せつけませんでしたから、家族の者とては前記の通り数名で、ただ男女の召使ばかり大勢いました。ところが、道院から戻って来ると彼は、親戚間の往き来を初め、貧しい人たちには彼の家へ来て住むことを許しました。そして次々に、小さな屋翼が増築され、周囲の土塀も広げられて、今では多人数の一家となっていました。彼等の農耕のためには充分の所有地がありました。そして家族が増すと反対に、崔之庚は次第に孤独な生活に閉じ籠り、遂には殆んど外出することもなくなり、来客にも余り逢わず、読書のうちに蟄居しがちになりました。
曹新は大勢の者に珍らしげに迎えられました。彼はもう洋服ではなく、ごく平凡な支那服をまとっていました。その代り、沢山の荷物を携えていました。
その荷物の中から、黄絹七反、紫絹七反、毛皮三枚、五個五色の宝石を、彼は取出して、人前も構わず、予
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