は、実際、このようなことを望まれたことがあるのかね。」
「よくは存じませんけれど、お望みになられた筈でございます。」
「なに、望まれた筈だと………。」
「左様に存じます。」
汗かいたその浅黒い顔には、言葉以外に何物も浮んではいませんでした。曹新が黙っていますと、彼は呟くようにいいました。
「私は早く仕上がるようにと思いまして、出来るだけ手伝っております。」
「早い方がよいのかね。」
「はい、こんどのことに限って、旦那様はお気が長うございます。それもまあ、仕方がございません。」
へんに底まで見通しているようで、しかもそれを顔に現わさない様子と、仕方がないという最後の言葉とに出逢って、曹新はちらと眉をしかめ、そのまま歩き去ってしまいました。そして池から出るとほーっと大きく息をしました。
その翌日の夕方のことでした。徐和が一人で池の底にいて、深さや縁取りの工合を見調べ、腕を拱いて考えていました時、突然、頭の上から、巨大な太湖石が崩れ落ち、彼は声を立てるまもなく岩角に頭と背とを砕かれました。
物音に、下男がやって来まして、太湖石が二三崩れ落ちてるのを見て取り、その下に、徐和が血にまみれて横たわってるのを見出しました。彼は死の叫び声を立てました。大勢かけつけました。多くの叫び声が起りました。
崔之庚は徐和の悲惨な死体を見て、激しい憤怒の色を現わしました。然し、物に動じない言葉の調子でした。
「死体は鄭重に扱うがよい。」
それから、急に声を震わしました。
「その太湖石は血に汚れたものだ。河に運んで沈めて来い。池のことはもう中止だ。前よりも浅く埋めてしまえ。」
どうしてその惨事が起ったかを取調べようともしませんでしたことを、誰も気付く者がありませんでした。
命ぜられた通りに行われました。召使達は徐和の死体をその生前の室に運び、泥を拭き清め、血を拭き清めました。
そして薄暗くなりかけた頃、大きな太湖石は数人の者に運ばれて、曹新もその供をし、遙か下手の方で、河の中に投ぜられました。夕闇の中で、石は水面にちょっと浮いて止ったように見えましたが、すぐにすーっと沈んで、泡がたち、泡のあとに、真黒な渦が巻いて流れました。
一同は、無言のまま、後をも見ずに家へ帰りました。
徐和の葬儀は簡略に行われました。崔範の小廟から少し離れたところに、小さな石をのせた土饅頭が一つふえま
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